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制服も着替えずこたつで寝転び没頭したI.Q

  • I.Qでは、序盤の失敗が後半に効いてくる。過去をどれだけ悔やんでも、もう遅いのだ。結果を体で受け止めるしかないのだ。考えすぎかもしれないが、人生と似ていると感じた。戻れない時間の中で、インテリジェントキューブと真正面から向き合ったように、自分の人生とも真っ直ぐに向き合いたい。


  • 一人もくもくとクリアを目指した日々

    思い出深いゲームというものを思い出す時、だいたい誰か人が絡む事が僕の場合は多いのだがI.Qは別だ。I.Qといっても知能指数の事ではなく、インテリジェントキューブの略だ。I.Qはプレイステーションで発売された。当時、僕は高校生だったと思う。パズルゲームは好きだが得意ではない。I.Qをやり始めたきっかけはよく覚えていないが、独特な世界観が気に入った。やり始めたら一気にハマった。

    キューブが転がり襲い掛かってくる

    I.Qを知らない人の為に簡単に説明しておきたい。I.Qは、目の前に襲い来るキューブの大群を処理していくゲームだ。ゴロゴロと転がってくるキューブを先読みしてブロックを消せるように印のような物をしかけておく。手動で爆発する爆弾のように、自分のタイミングで発動させる事が出来る。印の上にブロックがきた時に発動するとブロックが消えるわけだ。真っ直ぐ手前に向かって転がってくるキューブを上手に消してクリアを目指す。ちゃんと消せなかったら足場が少しずつ壊れていく。なんとかキューブに落とされたり潰されないように消していく事が肝心だ。

    自分の部屋にこもって時間を忘れてプレイした

    I.Qをする時には寝転がっていつもプレイしていたのを思い出す。寝転がってゲームをしていると肘が痛くなる。体勢を何度も変えながら何時間もプレイした。負けず嫌いだという自覚はあった。I.Qは、最初の方は簡単だが、徐々に難しくなっていく。まさに自分との戦いだ。どれくらいプレイしただろう。だんだんと先のステージに進めるようになってきた。I.Qというゲームは本当に奥が深い。先回りして印をつけていかないといけないので、そこが難しかった。

    学校から帰ってきたらこたつに入って即I.Q

    ガラガラガラ。ドアを開ける。靴を脱いで足早に階段を上がる。ガチャ。自分の部屋のドアを開ける。カチ。とりあえずこたつの電源を入れる。ポン。プレイステーションの電源を入れる。もちろん中にはI.Qが入ってる。確認するまでもない。ガサ。こたつに入る。徐々にこたつの中の温度がジワジワ上がるのを感じながらI.Qをスタートする。なんとも言えない無機質な見慣れたオープニング。ステージの最初の方は慣れたもんでパーフェクトが続く。「パーフェクト(ガチャン)」パーフェクトのときは足場が追加されるシステムだったと思う。高校生の僕からすれば、I.Qはなんだか大人の雰囲気を感じるゲームだった。洗練された印象。少し背伸びをした気持ちになって嬉しかったのかもしれない。

    いつの間にか他のゲームに目移りしていった切なさ

    どれだけ熱中したゲームでも、いつかやらなくなるもの。新しいゲームがどんどん出てくる中で次のゲームをやっているうちにI.Qの存在は忘れていたように思う。なんだか、そこに切なさを感じる。あれだけ毎日一人で熱中していた事も、時が経てばまるでなかったかのような扱いになり、実際に存在さえ忘れてしまう。ゲームは人間ではないので、ゲームに対して可哀想と感じる必要はないのだが、ゲームの立場からすれば人間というのはひどく自分勝手に思えるだろう。役目を終えれば誰からも見向きもされなくなってしまうのは物事の摂理だと割り切ってしまうしかないのか。I.Qに熱中していた頃から随分時間が経ち、改めて振り返る時、初めて湧き上がる感情がある。当時では感じ得ない感情。大人になった今だからこそ感じる繊細な感情。年を取ったのか、成長したからなのか。複雑な気持ちも自分の中で噛み砕いて感じ尽くし理解していこう。時間を使うというのは命を使うという事。ちょうどI.Qというゲームも、時間軸が鍵になっているように思う。I.Qでは、序盤の失敗が後半に効いてくる。過去をどれだけ悔やんでも、もう遅いのだ。結果を体で受け止めるしかないのだ。考えすぎかもしれないが、人生と似ていると感じた。戻れない時間の中で、インテリジェントキューブと真正面から向き合ったように、自分の人生とも真っ直ぐに向き合いたい。

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